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依存症は人生を灰色に変える

脳と心の科学 Read in English

モノクロのキッチンの中で、桃だけが色を持っている

「ここ数ヶ月で初めて、『普通の人生』っぽいことを体験してる」

酒をやめて162日経ったあるユーザーが、QuitMate に書き残していた言葉だ。

幼少期から虐待を受け、家出してから過食嘔吐と酒まみれの人生。そこから抜けて半年弱、初めて「散歩、買い物、銭湯、楽しい」と書けるようになった。「素の自分の輪郭が、やっと見えてきた」とも書いていた。

依存症から色が戻った後の風景だ。だが多くの人は、最初は色がそこにあったことすら忘れている。

やめて初めて、灰色だったことに気付く

依存している最中、本人は灰色を灰色として見ていない。ギャンブル、酒、ポルノ、過食。強い刺激の最中、それ以外の景色は意識から外れている。

過食嘔吐を87日やめたあるユーザーが、こう書いていた。

長年カショオしてたから、本来の自分の性格がわからなくなってた。怠け者で、一発逆転ばかり狙うタイプだと思ってた。普通の食事ができるようになって、逆かもしれないと気付いた。一発逆転に見えてたのは、過食にリソースを全部吸われて、焦りで無茶してただけだった。

「怠け者だと思っていた自分」が、実は依存にリソースを全部吸われて疲弊しているだけだった、という気付き。これも、やめて初めて見えてくるものだ。

なぜ灰色になるのか

ドーパミンは「快楽物質」と言われがちだが、正確には「もっと欲しい」を作る物質だ。「気持ちいい」とは別の役割で、「もう一回」を引き起こす。

依存対象は、このドーパミン回路を異常に強く、繰り返し刺激する。脳は過剰な刺激を「異常」と判断して、受け取り側のドーパミン受容体の数を減らす。これを ダウンレギュレーション と呼ぶ。

問題はその副作用だ。受容体が減ると、通常レベルのドーパミン信号にも反応が鈍くなる。散歩、読書、食事、人との会話、家族の表情。普通の楽しみが、楽しみとして感じられなくなる。これが 報酬欠乏症(reward deficiency syndrome) と呼ばれる状態だ。

依存中の「楽しくない」「やる気が出ない」「何にも興味が湧かない」は、意志や性格の問題じゃない。脳の機能の問題だ。なぜ依存症になるのかで書いたとおり、依存的な行動パターンは脳の構造的な変化を伴う。

やめた直後は、もっと灰色になる

ここがしんどい。

依存対象を断つと、強い刺激から得ていたドーパミン信号が一気に消える。受容体は減ったままだから、依存対象なしの普通の生活では、ますます反応が起きない。やめてしばらく、人生がもっと灰色に見える時期が来る。

依存症の世界では フラットライン期 と呼ばれる。「このまま一生戻らないんじゃないか」という恐怖が一番強くなる時期だ。

戻る。ただ、時間がかかる。受容体が再び増えていくのに、依存対象や程度によって、数週間から数ヶ月。

戻ってくる順序は、地味なところから

派手な「人生が変わる」感覚は、ほとんど来ない。最初に戻ってくるのは、日常の小さなものだ。

酒を180日やめたあるユーザーが、こう書いていた。

酒をやめて半年。前はジャンクと菓子パンばかり買ってた。今は桃や林檎、さくらんぼを買う。桃は缶酒3本と同じ値段だ。毎日生の桃を食べても、前より安くついてる。

果物が美味しく感じられるようになる。スマホが見える。眠れる。健康診断の数字がよくなる。地味な変化だ。

148日続けた別のユーザーは、こう書いていた。

ほったらかしてた不調が、いつの間にか消えてる。夜になると裸眼1.5の目がスマホも見えなくなってた。目薬も眼鏡もダメだった。全部、気がついたら消えてた。快適だと、快適だってことを忘れる。

楽しみだけじゃない。体の感覚、メンタルの底値、人との繋がりを感じる力。それぞれ違うペースで戻ってくる。ポルノに依存していた人の場合、もっとも顕著に戻るのは家族との関係性だ、というケースが多い。これは オナ禁の効果は本当にあるのか に書いた。

待つこと自体が、回復の技術になる

灰色の期間は、「何もしないと、何も戻らない」と感じる。だがこれは脳の感覚で、実際は受容体が静かに増えていっている時間だ。

何かをするとしたら、刺激のレベルを下げ続けることだ。スマホ、SNS、動画、ジャンクフード。依存対象とは別でも、ドーパミン回路を強く叩くものは受容体の回復を遅らせる。地味な生活ほど、回復は速い。

挫折しても自己批判で潰れない。自分を責めるのを止めるで書いたように、自分を責めるほど次の挫折が早く来る。灰色の期間は、自己批判が爆発しやすい時期でもある。

過食嘔吐をやめて59日のユーザーが、こんな記録を残していた。

メンタルが、これまでの人生で思い出せないくらい安定してる。ハイテンションじゃなく、落ち着いていて、なんとなく幸せ。実は数年前よりネガティブなことが起きてる。なのに、なんとかなるよね、みたいな気持ち。

「ハイテンションじゃなく、なんとなく幸せ」。これが、灰色を抜けた後に戻ってくる景色のひとつだ。

劇的な高揚じゃない。ただ、世界が灰色じゃない、という状態。地味だが、それが本来の場所だ。


参考文献
  • Blum, K., Cull, J. G., Braverman, E. R., & Comings, D. E. (1996). Reward deficiency syndrome. American Scientist, 84(2), 132-145.
  • Volkow, N. D., Wang, G. J., Fowler, J. S., & Tomasi, D. (2012). Addiction circuitry in the human brain. Annual Review of Pharmacology and Toxicology, 52, 321-336.
  • Lembke, A. (2021). Dopamine Nation: Finding Balance in the Age of Indulgence. Dutton.
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