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なぜ依存症になるのか?脳とこころのしくみ

脳と心の科学 Read in English

「やめたいのにやめられない」という経験は、依存症に限らず多くの人が持っている。ダイエット中に夜中にお菓子を食べてしまったり、スマホを触るつもりがなかったのに気づいたら1時間経っていたり。

ただ、依存症の場合はこれがもっと深刻で、生活に大きな支障が出ているのにやめられない。本人も「やめたい」と思っている。なのに繰り返してしまう。

これ、実は「意志が弱いから」ではなく、脳の仕組みが関係している。この記事では、依存症がどうやって起きるのかを、脳科学の研究をもとにわかりやすく整理してみる。

ドーパミンは「快感」ではなく「期待」の物質

依存症の話でよく出てくるドーパミン。「快感物質」と紹介されることが多いが、最近の研究ではちょっと違う理解が主流になっている。

ドーパミンが大量に出るのは、快感を「感じている」ときではなく、快感を「期待している」ときだ。パチンコで言えば、大当たりした瞬間よりも、リーチがかかって「来るか?」と待っている瞬間のほうがドーパミンは多い。

脳はこの「期待→行動→報酬」のパターンを学習する。すると、パチンコ屋の看板を見ただけ、お酒のCMを見ただけで、自動的にドーパミンが出るようになる。頭では「今日はやめよう」と思っていても、脳がすでに「行け」と指令を出している状態だ。

脳内報酬学習ループ(VTA→NAcc)

前頭前野のブレーキが弱くなる

脳には前頭前野という、衝動を抑える「ブレーキ」の役割をする部分がある。「ここでやめておこう」という判断を担当している場所だ。

ところが、依存行動を繰り返していると、この前頭前野の働きが弱くなっていくことがわかっている。脳画像の研究では、依存症の人が誘惑に直面したとき、報酬系はフル稼働しているのに前頭前野の活動は低下していた(Volkow & Morales, 2015)。

わかりやすく言うと、アクセルは全開なのにブレーキが効かない車に乗っているようなもの。この状態で「気合いでやめろ」と言われても難しいのは、ある意味当然だろう。

ちなみに、自分を責めること自体が回復を遠ざけるという研究もある。「なんで自分はダメなんだ」と思うこと自体がストレスになり、そのストレスがまた依存行動を引き起こすという悪循環だ。

ブレーキとアクセルのせめぎ合い

依存症になりやすい条件がある

依存症になるかどうかには、いくつかのリスク要因が関わっている。

まず遺伝。双子を対象にした研究によると、アルコール依存の遺伝的影響は50〜60%とかなり高い(Kendler et al., 1997)。「お酒に強い・弱い」が遺伝するように、依存症のなりやすさにも生まれつきの個人差がある。

次に年齢。思春期の脳は、報酬を求める部分が先に発達して、ブレーキ役の前頭前野は25歳ごろまで発達が続く(Casey et al., 2008)。若いうちに依存リスクが高いのは、この脳の発達の「タイムラグ」が原因だ。

そしてストレスやトラウマ。子ども時代につらい経験をした人や、慢性的にストレスを抱えている人は、依存症のリスクが高い。依存が「問題」ではなく、つらさへの「対処法」として始まるというケースは少なくない。

つまり、依存症は「ダメな人がなるもの」ではなく、複数のリスク要因がたまたま重なった結果だ。

「楽しいから」が「つらいから」に変わる

依存の初期段階では、たしかに「楽しい」「気持ちいい」というポジティブな動機がある。

しかし続けていくうちに、脳の報酬システムのバランスが崩れていく。報酬系が鈍くなる一方で、やめたときの不快感(不安、イライラ、落ち着かなさ)が強くなる。この変化を、研究者は報酬系と抗報酬系の不均衡と呼んでいる(Koob & Volkow, 2016)。

こうなると、動機が「楽しいからやる」から「やめるとつらいから続ける」に変わる。もはや楽しさはないのに、やめられない。依存症の当事者がよく口にする「楽しいからやってたはずなのに、いつの間にかただ苦しいだけになっていた」という言葉は、この脳の変化を正確に表している。

孤独は依存を深くする

1970年代に行われたラットパーク実験は、依存症研究の中でも特に興味深い。

実験の内容はシンプルだ。狭いケージに一匹で入れられたネズミと、広い空間で仲間と一緒に暮らしているネズミに、それぞれ薬物入りの水と普通の水を用意した。結果、孤独なネズミは薬物水を飲み続けたが、仲間といるネズミはほとんど手を出さなかった。

この実験は、依存症が物質の力だけで起きるのではなく、環境、特に孤独が大きな要因であることを示している。

人間でも同じことが言えて、ピアサポート(同じ経験を持つ仲間同士のサポート)に参加した人は、治療の継続率が約1.4倍に高まるという報告がある。自助グループやQuitMateのようなオンラインコミュニティも、孤立を防ぐ手段の一つだ。

孤独ケージとラットパークの対比

よくある誤解

依存症については、いまだにいくつかの誤解が根強い。

「意志が弱いだけ」という見方は、ここまで見てきたように脳科学的に正しくない。脳の構造と機能が変化しているのだから、気合いの問題ではない。

「一度なったら治らない」というのも正確ではない。脳には可塑性(変化する力)がある。適切な環境とサポートがあれば、脳は回復に向かうことができる。考え方を変えるだけでも行動が変わるという研究もあり、回復の入り口は思ったより広い。

まとめ

依存症は、脳の報酬学習、前頭前野のブレーキ機能の低下、遺伝、ストレス、孤独など、さまざまな要因が絡み合って起きる。「弱いからなる」のではなく、脳と環境の問題だ。

仕組みを知ることは、回復の第一歩になる。「自分がダメだから」ではなく「脳にこういう変化が起きていたのか」とわかるだけで、次にどうすればいいかを考えやすくなる。


参考文献
  1. Koob, G. F., & Volkow, N. D. (2016). Neurobiology of addiction: A neurocircuitry analysis. The Lancet Psychiatry, 3(8), 760–773.
  2. Volkow, N. D., & Morales, M. (2015). The brain on drugs: From reward to addiction. Cell, 162(3), 403–413.
  3. Casey, B. J., Jones, R. M., & Hare, T. A. (2008). The adolescent brain. Annals of the New York Academy of Sciences, 1124, 111–126.
  4. Kendler, K. S., et al. (1997). A population-based twin study of alcohol dependence. Archives of General Psychiatry, 54(9), 801–808.
  5. Alexander, B. K., Beyerstein, B. L., Hadaway, P. F., & Coambs, R. B. (1981). Effect of early and later colony housing on oral ingestion of morphine in rats. Pharmacology Biochemistry and Behavior, 15(4), 571–576.
  6. Sinha, R. (2001). How does stress increase risk of drug abuse and relapse? Psychopharmacology, 158(4), 343–359.
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