トリガーマップを描く
土曜の午後3時。 家でテレビを見ている。 特に何も起きていない。退屈である。
と思った瞬間、首の後ろが熱くなった。 体は反応している。頭の中で「ちょっとだけ」が動き始める。 スマホを手に取ったら、もう競馬アプリを開きそうになっていた。
何が起きたのか、本人は分からない。 ただ「退屈」と感じた。それだけのはずだった。 それなのに、体と頭が勝手に動いた。
これがトリガーである。 「退屈」という感情そのものが、引き金になっていた。 だが、本人は「退屈が引き金になる」とは知らなかった。 知らない引き金は、防げない。
トリガーとは何か
トリガーとは、ギャンブルへの渇望や行動を引き起こすきっかけのことである。 ピストルの引き金(trigger)から来た言葉で、依存症の世界では広く使われている。
トリガーは、本人が意識的に「やりたい」と思う前に、すでに動き始めている。 体が反応したり、頭の中で「正当化のセリフ」が動き始めたりする。 これは前章までで何度も出てきた、脳がドーパミンを自動的に出す反応である。
トリガーには大きく4つのカテゴリがある。
- 場所
- 人
- 時間
- 感情
それぞれを順番に見ていく。 そして、最後に自分のトリガーマップを作る。
場所のトリガー
場所のトリガーは、もっとも分かりやすい。 脳は「特定の場所」と「ギャンブル」を結びつけて記憶している。 その場所に行くだけで、行動を起こす前から脳が反応する。
例:
- パチンコ屋
- 駅前
- 競馬場、競艇場、競輪場
- 通勤途中の特定の交差点(パチンコ屋がある)
- ATM の前
- 給料日の銀行
- スマホの中の競馬アプリ・カジノアプリのあった場所
- 家のソファ(ネット投票していた場所)
- 居酒屋、コンビニ(金を下ろす場所)
「物理的に同じ場所」だけでなく、「画面の中の場所」もトリガーになる。 スマホの特定のホーム画面、ブラウザの特定のページ、特定の動画チャンネル。
人のトリガー
人のトリガーは、見落とされやすい。 特定の人と会うこと自体が、ギャンブルへの引き金になる場合がある。
例:
- 一緒にギャンブルしていた友人
- 「一緒に行こう」と誘ってくる同僚
- ギャンブルの話題を出す家族
- お金を貸してくれていた人
- 「まあ少しなら」と言う人
- 自分を励ましつつ結局甘やかす人
人のトリガーは、「悪い人」ではない場合が多い。 むしろ「良い人」「親しい人」のほうが、より強い引き金になることがある。 親しいから断りにくく、断りにくいから一緒に行ってしまう。
人のトリガーへの対処は難しい。 完全に縁を切る必要はないが、「誘いに応じる場面を作らない」工夫が必要になる。
時間のトリガー
時間も、強力なトリガーである。 脳は「特定の時間帯」と「ギャンブル」を結びつけて記憶している。
例:
- 給料日(特に給料日の朝、夜)
- 月末、月初
- 金曜の夜
- 土曜の朝
- 日曜の昼
- 年末年始、ボーナス月
- 仕事の繁忙期が終わった日
- 休日の何もない時間
- 夜、家族が寝たあと
- 出張中、家族と離れているとき
時間のトリガーは「予定表」に書ける。 書けるということは、対策を立てやすいということでもある。 危険な時間帯を、事前に潰すスケジュールを作れる。
感情のトリガー
これがいちばん見えづらいトリガーである。 特定の感情が、ギャンブルへの引き金になる。
例:
- 退屈
- 孤独
- 怒り(職場、家族、社会への怒り)
- 不安(お金、仕事、将来への不安)
- 悲しみ(失敗、喪失)
- 達成感(仕事がうまくいった日も危険)
- 自信過剰(「今日はいける」と感じる日)
- うつっぽさ
- 何も感じない、空虚感
冒頭の場面では、「退屈」という感情がトリガーだった。 本人は「退屈」を引き金とは思っていなかった。 だから防げなかった。
感情のトリガーは、第11章で扱った HALT と重なる部分もある。 ただし HALT は4つに絞った基本セットで、感情のトリガーはもっと幅広い。
トリガーマップを作る
ここまでの4つを使って、自分のトリガーマップを作る。
ステップ1: 過去の再発を3つ思い出す
最後の3回の再発を思い出す。 それぞれについて、次のことを書き出す。
再発1( 月 日)
場所:
人:
時間:
感情:
再発2( 月 日)
場所:
人:
時間:
感情:
再発3( 月 日)
場所:
人:
時間:
感情:
ステップ2: 共通点を探す
3つを並べると、共通点が見えてくる。 ほとんどの人は、特定の組み合わせで繰り返し再発している。
例:
- 場所はいつもパチンコ屋
- 人はいつも一人
- 時間はいつも給料日の夜
- 感情はいつも怒り or 退屈
これがあなたの「典型的なトリガーパターン」である。
ステップ3: マップに書く
紙に4つのカテゴリの円を描き、それぞれに自分のトリガーを書き込む。 共通して出てきたものは、太字や赤色でマークする。
[場所] [人]
・パチンコ屋 ・元同僚A
・駅前 ・誘ってくる先輩
・通勤路の交差点
[時間] [感情]
・給料日の夜 ・怒り
・金曜の夜 ・退屈
・休日の昼 ・孤独
このマップを、家の壁、スマホの待ち受け、財布の中など、よく目にする場所に置く。
ステップ4: 月1回見直す
トリガーは時間とともに変わる。 新しいトリガーが出てくることもあるし、消えるトリガーもある。
月1回、マップを見直す。 新しい再発があれば、その時のトリガーを追加する。 最近気にならなくなったトリガーは、薄字に変える。
マップを使って引き金を回避する
トリガーマップは、作って終わりではない。 日常で使う。
危険な日を事前に予告する
カレンダーを開いて、自分のトリガーが揃う日に印をつける。
- 給料日 → 印
- 金曜の夜 → 印
- 飲み会の翌日 → 印
- 出張の前後 → 印
印のついた日には、事前に対策を入れる(家族と過ごす、ジムに行く、etc)。
トリガーが出た瞬間に気づく
マップを見慣れていると、「あ、いまこのトリガーが動いている」と気づきやすくなる。 気づけたら、第14章の if-then プランや、第9章の渇望対処スキルにつなぐ。
トリガーを物理的に減らす
マップで「場所」のトリガーが多い人は、その場所を生活から減らす工夫をする。
- 通勤ルートを変える
- 引っ越しを検討する
- アプリを完全に削除する
「人」のトリガーが多い人は、誘いを断る具体的な言葉を準備しておく。 「時間」のトリガーが多い人は、その時間帯のスケジュールを埋める。 「感情」のトリガーが多い人は、その感情が出たときの代替行動を決めておく。
参考文献
- Marlatt, G.A., & Donovan, D.M. (Eds.) (2005). Relapse Prevention: Maintenance Strategies in the Treatment of Addictive Behaviors (2nd ed.). Guilford Press.
- Witkiewitz, K., & Marlatt, G.A. (2004). Relapse prevention for alcohol and drug problems: That was Zen, this is Tao. American Psychologist, 59(4), 224-235.
- Hodgins, D.C., & el-Guebaly, N. (2004). Retrospective and prospective reports of precipitants to relapse in pathological gambling. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 72(1), 72-80.
- Echeburúa, E., Fernández-Montalvo, J., & Báez, C. (2001). Predictors of therapeutic failure in slot-machine pathological gamblers following behavioural treatment. Behavioural and Cognitive Psychotherapy, 29(3), 379-383.
- Sharpe, L. (2002). A reformulated cognitive-behavioral model of problem gambling: A biopsychosocial perspective. Clinical Psychology Review, 22(1), 1-25.
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