30日の回復プラン
これが最初のパートの最後の章である。 ここまで読んできた人へ。読まなかった章があってもいい。 ここまでたどり着いたこと自体が、本書の中で大事なことのひとつである。
ここで一度、ペンとノートを取り出してほしい。 本章は、読むだけの章ではなく、書く章である。 30日の計画を、自分の言葉で作る。
完璧でなくていい。 書ける範囲でいい。 書けない項目は飛ばしていい。
なぜ「30日」か
回復に30日かければ完了する、ということではない。 依存症の回復は何ヶ月、何年もかかる過程である。
それでも「30日」を区切りにする理由は、次の通り。
脳の最初の変化が始まる時期
第4章で扱った通り、断行動の最初の30日は、脳の状態がもっとも不安定な時期である。 この30日を乗り切ることで、次の30日が少し楽になる。 30日は、脳の最初の変化のひとつの目安である。
計画として見渡せる長さ
1年は長すぎて、計画が立てにくい。 1週間は短すぎて、変化が見えにくい。 30日(4週間)は、ちょうど「計画を立てて、変化を感じる」のに適した長さである。
「最初の30日」は何度でも作れる
30日が終わったら、次の30日を作る。 30日のうちに再発したら、その日から新しい30日を始める。 「最初の30日」は、何度でも作れる区切りである。
第1週: 物理的な遮断
最初の1週間は、物理的な遮断に集中する。 この週に何かを身につけようとしない。 ただ「ギャンブルできない状態を作る」ことだけに集中する。
やること(優先順)
- お金のアクセスを遮断する(第6章)
- 今日のうちに、最低1つ実行
- 1週間以内に、可能なものすべて
- 緊急連絡先を準備する(第8章)
- 緊急連絡先をスマホに登録
- 安全計画を1枚書く
- 個人地図を作る(第25章)
- 5つの要素を1枚の紙にまとめる
- 家族に「報告」する(第20章)
- 短く、3行で
- 朝の儀式を1つ決める(第7章)
- 5分以内のものを1つ
第1週のチェックリスト
□ 1. クレジットカードのキャッシング枠を 0 円に
□ 2. 消費者金融のカードを処分または家族に預ける
□ 3. ATM の引き出し限度額を下げる
□ 4. ギャンブル系アプリをアンインストール
□ 5. 緊急連絡先をスマホに登録
□ 6. 安全計画を1枚書く
□ 7. 個人地図を1枚書く
□ 8. 家族に「報告」する
□ 9. 朝の儀式を1つ決める
□ 10. 1日1回、自分の気持ちを言葉にする(第23章)
10項目すべてをやらなくていい。 できたものに ✓ をつけて、その数を見る。 1つでも ✓ がついたら、それは進んだ証拠である。
第2週: 引き金を知る
第2週は、自分の引き金を知る期間である。 スキルを身につけるのは、引き金を知ってから。
やること
- HALT を確認する習慣(第11章)
- 渇望が来たら、4つのうちどれか確認する
- トリガーマップを描く(第13章)
- 場所・人・時間・感情の4つに、自分のトリガーを書く
- 認知のゆがみを観察する(第12章)
- 頭の中のセリフに「これはゆがみだ」と気づく練習
- if-then プランを3つ作る(第14章)
- 「もし X が起きたら Y する」を3つ
- 退屈・孤独への対策リスト(第15章)
- 代替活動を5つ書き出す
第2週のチェックリスト
□ 1. HALT のチェックを1日3回する
□ 2. トリガーマップを描く
□ 3. 認知のゆがみセリフを5つ書き出す
□ 4. if-then プランを3つ作る
□ 5. 代替活動リストを5つ書き出す
□ 6. 1週間で1回、誰かと話す(第10章)
□ 7. 1日10分、何か体を動かす
□ 8. 1日1回、自分の気持ちを言葉にする
第3週: 現実に向き合う
第3週は、避けてきた現実に向き合う期間である。 辛い週になる可能性が高い。 事前に、安全計画と連絡先を準備しておく。
やること
- 借金の総額を出す(第18章)
- 全業者の残高を1つの表にまとめる
- 法的整理の選択肢を調べる(第19章)
- 法テラスに電話する
- メンタルヘルスのセルフチェック(第16章)
- うつ・不安・ADHD のサインを確認
- 否認のセリフを書き出す(第17章)
- 自分の否認パターンを見つける
- 家族と1回、ちゃんと話す(第20章)
- 「報告」の形で
第3週のチェックリスト
□ 1. 借金の総額を出す
□ 2. 法テラスに電話する(または番号を登録するだけでもいい)
□ 3. メンタルヘルスのセルフチェックをする
□ 4. 必要なら精神科の予約を取る
□ 5. 否認のセリフを書き出す
□ 6. 家族と「報告」の話をする
□ 7. 1日1回、自分の気持ちを言葉にする
□ 8. 第8章の安全計画を毎日確認できる場所に置く
第3週は、もっとも辛い週になる可能性が高い。 辛さを感じたら、安全計画を発動する。 1人で抱えない。 連絡できる人に、必ず連絡する。
第4週: 立て直しを始める
第4週は、ここまでの3週間を整理し、次の30日に向かう準備をする期間である。
やること
- 回復資本の棚卸し(第24章)
- 4つのカテゴリで自分が持っているものを書く
- 個人地図を見直す(第25章)
- 第1週に作った地図に、新しいものを追加する
- 再発した場合の行動リスト(第26章)
- 再発の翌日にやる7つの行動を1枚に書く
- 朝の儀式を続ける(第7章)
- 30日後の自分に手紙を書く(次のセクション)
第4週のチェックリスト
□ 1. 回復資本の棚卸しをする
□ 2. 個人地図を見直して新しい連絡先を追加
□ 3. 再発した場合の行動リストを書く
□ 4. 朝の儀式を毎日続ける
□ 5. 30日後の自分への手紙を書く
□ 6. 次の30日の計画を立てる
□ 7. 1日1回、自分の気持ちを言葉にする
□ 8. ここまでの章のうち、もう一度読みたい章を1つ選ぶ
30日後の自分への手紙
ここで、ペンとノートを取り出す。 本書の演習の中でも、もっとも大事な演習のひとつである。
書く内容
次の項目について、30日後の自分に向けて書く。
-
30日前(いま)の自分はどんな状態だったか
- 心の状態
- 体の状態
- 借金の状況
- 家族との関係
- ギャンブルの状態
-
30日間で何を学んだか / 試したか
- うまくいったこと
- うまくいかなかったこと
- 気づいたこと
-
30日後の自分に伝えたいこと
- 続けてほしいこと
- 注意してほしいこと
- 30日前の自分から、未来の自分への一言
書き方の例
30日後の自分へ
いまの自分は、___(場所)で、___(時間)にこれを書いている。
ギャンブルで困っていて、本書を読み終えたところ。
この30日で、自分は___ をやった。
うまくいったのは___。
うまくいかなかったのは___。
気づいたのは___。
30日後のあなたへ。
___ を続けてほしい。
___ に注意してほしい。
___ ということを忘れないでほしい。
___(あなたの名前)
___ 年 ___ 月 ___ 日
手紙を「30日後に開く」
書いた手紙を封筒に入れて、封をする。 封筒に「30日後に開く」と書いて、目につく場所に置く。 カレンダーに「手紙を開く日」を入れる。
30日後にこの手紙を開く。 そのときの自分が、いまの自分の言葉を読む。 これは、いま想像しているよりも、強い体験になる。
「1日1つだけ動く」という原則
30日のチェックリストを見て、「やることが多すぎる」と感じるかもしれない。 それは正常な反応である。
1日1つだけ動けばいい
1日に複数を完璧にこなそうとすると、続かない。 1日に1つだけでいい。 1日が終わるとき、「今日は ___ をやった」と1つ言えれば、それで十分である。
30日間 × 1つ = 30個できる。 30個できたら、それは大きな前進である。
「動けない日」もあっていい
30日のうち、何もできない日もある。 寝込む日、家族と喧嘩する日、再発する日、絶望する日、何もする気が出ない日。 これらは普通である。
何もできない日に「自分はダメだ」と責めない。 責めずに、翌日にまた1つ動けばいい。 連続でなくていい。途切れ途切れで30日続けばいい。
本書の終わりと、ここから先
ここまで読んでくれた人に、伝えたいことがある。
本書を読み終えれば、回復は始められる
本書を読み終えれば、回復のための最初の足場は作れる。
- お金の遮断
- 緊急連絡先と安全計画
- 引き金の理解
- 借金の整理の入口
- 家族との関係の立て直し
- 30日の計画
これだけで、回復のスタートラインに立てる。 完璧でなくていい。スタートラインに立つだけでいい。
本書は何度でも戻れる
本書を1回読んで終わり、ではない。 気になった章は、何度でも戻ってきて読んでいい。 30日後、3ヶ月後、半年後、1年後に読み返すと、見え方が変わっていることがある。
回復には自分のペースがある。 本書のペースに合わせる必要はない。 自分のペースに、本書を合わせる。
本書では深く扱えなかった部分(長期回復、パチンコ機械の詳細な仕組み、認知行動療法の実践、トラウマ治療、薬物療法など)は、医療機関、自助グループ、専門家の手に委ねる。 本書はその入口を開くための地図である。
「諦めずに続けること」
第5章の「回復した人がいる」の章で書いたことを、最後にもう一度書く。
回復するかどうかは、自分にも他人にも予測できない。 ただ、続けた人だけが、回復に届いている。 途中でやめた人には、その日が来ない。
何度再発しても、また始められる。 「また始めた人」だけが、ある日、転換点に出会える。
参考文献
- DiClemente, C.C., & Velasquez, M.M. (2002). Motivational interviewing and the stages of change. In W.R. Miller & S. Rollnick (Eds.), Motivational Interviewing: Preparing People for Change (2nd ed., pp. 201-216). Guilford Press.
- Prochaska, J.O., DiClemente, C.C., & Norcross, J.C. (1992). In search of how people change: Applications to addictive behaviors. American Psychologist, 47(9), 1102-1114.
- Marlatt, G.A., & Donovan, D.M. (Eds.) (2005). Relapse Prevention: Maintenance Strategies in the Treatment of Addictive Behaviors (2nd ed.). Guilford Press.
- Miller, W.R., & Rollnick, S. (2012). Motivational Interviewing: Helping People Change (3rd ed.). Guilford Press.
- White, W.L. (2007). Addiction recovery: Its definition and conceptual boundaries. Journal of Substance Abuse Treatment, 33(3), 229-241.
- Vaillant, G.E. (1995). The Natural History of Alcoholism Revisited. Harvard University Press.
- 信田さよ子 (2014). 依存症臨床論. 青土社.
- 松本俊彦 (2018). 誰がために医師はいる. みすず書房.