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全体像と緊急対処 立て直しを始める 第24章

回復資本: 自分の中にあるもの

弁護士事務所の帰り道。 3つ目の任意整理の打ち合わせを終えた。 頭の中はぐるぐるしている。

帰りの電車で、ふと考えた。 「自分には何が残っているのか」

借金がある。仕事はかろうじて続いている。家族との関係はぎりぎり。 失ったものを数え始めると、止まらない。

ふと、ポケットの中の手帳に気がついた。 中には、3週間続けてきた断行動の記録がある。 小さなチェックマークが並んでいる。

これも、自分が持っているものかもしれない、と思った。 失ったものだけを数えていたが、まだ手元にあるものもある。


回復資本という考え方

「回復資本」(recovery capital) という考え方がある。 依存症から回復する人が持っている、または使える資源の総和を指す概念である。

お金やモノの話だけではない。 内側にあるもの、人とのつながり、生活の基盤、文化や信念、これらすべてを含む。

研究で繰り返し示されているのは、回復資本が多い人ほど、依存からの回復が安定しやすいということである。 逆に、回復資本が少ない人ほど、回復が難しい。

回復資本は固定されていない。 増やすことができる。 減ったように見えても、別の場所で増やすことができる。 1つの資本をまったく持っていない人でも、別の資本を育てることができる。

回復資本は、おおまかに4つのカテゴリに分けられる。

  1. 内的資本(自分の中にあるもの)
  2. 社会資本(人とのつながり)
  3. 物理資本(生活の基盤)
  4. 文化資本(信念、価値観、コミュニティ)

それぞれを順番に見ていく。


内的資本: 自分の中にあるもの

内的資本は、自分の中に持っている資源である。 「これは自分にとって資本だ」と気づきにくいことが多い。

  • 健康(身体的、精神的)
  • 過去の経験から学んだこと
  • 困難を乗り越えてきた実績
  • 自分への気づきの能力
  • 何かを続けてきた経験
  • 学ぶ意欲、変わる意欲
  • 自分を客観視できる瞬間
  • 言葉にする力
  • 笑える瞬間がある
  • 朝起きられること
  • 食べられること
  • 仕事に行けていること

「すでにある」を認める

依存当事者は、自分の中にあるものを「ある」と認めるのが苦手である。 「自分には何もない」と感じている人ほど、実は内的資本を持っている。

たとえば「本書を読んでいる」という事実そのものが、内的資本の証である。 「読んでみよう」と思った力。 「変わりたい」と思った気持ち。 ここまで読んできた集中力。

これらは、すでに自分の中にある。 ゼロから作る必要はない。

内的資本の棚卸し

紙に書いてみる。

  • 自分の体は、いまどんな状態か
  • 過去に「諦めずに続けた」ことは何か
  • 自分について「悪くない」と思えるところは
  • 自分が好きなことは何か(昔でもいい)
  • 「変わりたい」と思った瞬間は、いつだったか

書けない項目があってもいい。 書けた項目だけが、いまの自分の内的資本である。


社会資本: 人とのつながり

社会資本は、自分をめぐる人間関係である。 家族、友人、同僚、医療者、自助グループ、近所、コミュニティ。

  • 家族(直接的な家族、親戚)
  • 友人(昔の友人、いまの友人)
  • 同僚、上司、部下
  • 医療者、カウンセラー、ケースワーカー
  • 自助グループの仲間(GA、QuitMate のコミュニティ等)
  • 弁護士、司法書士
  • 趣味の仲間
  • 近所の人、店員、行きつけの人
  • オンラインで知り合った人

「壊れた」と「壊れていない」を分ける

依存症の経過の中で、人間関係は壊れることがある。 だが、すべてが壊れているわけではない。

壊れた関係:



壊れていない関係(または、まだ細い糸でつながっている関係):



「壊れていない」のリストが1人でもあれば、それは社会資本である。 0人と感じる人は、医療者・相談員・自助グループのスタッフを「これからの社会資本」として数える。

社会資本の特徴

社会資本は、増やすのに時間がかかるが、増やすほど回復が安定する。 増やし方は、本書のあちこちで触れてきた。

  • 家族との関係を行動で立て直す(第20章)
  • 助けを求める(第10章)
  • GA や自助グループに行く(第22章)
  • QuitMate などのコミュニティに参加する

最初の一人ができれば、二人目、三人目は少し簡単になる。


物理資本: 生活の基盤

物理資本は、生活を成り立たせている物質的・経済的な基盤である。 ここがゼロに近い人もいるが、ゼロでない場合は必ず認識しておく。

  • 住む場所(持ち家、賃貸、実家)
  • 仕事と収入
  • 生活用品(家具、家電、衣類)
  • 食料、水、衛生環境
  • 移動手段(車、自転車、定期券)
  • スマホ、パソコン
  • 健康保険、年金などの社会保障
  • 緊急時に使える小さな貯金

借金があっても物理資本はゼロではない

借金があっても、住む場所がある、仕事がある、健康保険があるなら、それは物理資本である。 ゼロに近づいていく感覚があっても、まだあるものをまず認識する。

「失ったもの」と「まだあるもの」のバランスを見る。 失ったものだけ見ていると、まだあるものが見えなくなる。

物理資本がほぼゼロの場合

仕事を失った、住む場所がない、健康保険もないという状態の人もいる。 そのときは、社会保障制度を使う。

  • 生活保護
  • 住居確保給付金
  • 緊急小口資金
  • 福祉事務所の相談

これらは「使ってはいけないもの」ではない。 「困っている人が使うために用意されているもの」である。

詳細は第22章で扱った相談窓口や、第18-19章の借金・法的整理の章を参照する。


文化資本: 信念、価値観、コミュニティ

文化資本は、自分が大事にしている価値観、信念、所属しているコミュニティの文化である。 これも資本である。

  • 「自分はこういう人間でいたい」という価値観
  • 大事にしている信念
  • 宗教や哲学、思想
  • 生まれ育ったコミュニティの文化
  • 自分が共感する映画・本・音楽
  • 家族から受け継いだ習慣
  • 日本人として、男性として、女性として、親として、子として、の自分

文化資本は「自分を支える物語」

人は「自分はこういう物語の中にいる」という感覚で生きている。 依存症に飲み込まれているとき、その物語が崩れる。 「自分は依存者だ。それ以外に何もない」という物語に縮む。

文化資本は、別の物語を持っていることである。

  • 「自分は親としてやれる人間だ」
  • 「自分は仕事を続けてきた人間だ」
  • 「自分はこの音楽を聴くと落ち着く人間だ」
  • 「自分はこういう価値観で生きてきた」

これらの物語は、依存に飲み込まれていない自分を記憶している。 回復の過程で、その物語に戻れるようになる。

文化資本を意識する

普段意識しないことを、意識して書き出す。

  • 自分が大事にしてきた価値観は何か
  • 子供の頃、夢中になっていたものは
  • いつか戻りたい場所、会いたい人
  • 「自分はこういう人間だ」と言える特徴

書けない人もいる。 書けない場合は、これから作ればいい。 文化資本も、ゼロから育てることができる。


回復資本の棚卸し

ここまでの4つを使って、自分の回復資本を棚卸しする。 完璧に書く必要はない。書ける範囲でいい。

【内的資本】




【社会資本】




【物理資本】




【文化資本】


書き終わったら、全体を眺める。 「ない」と思っていたが、実はあるものが見えてくる。

ない部分は、これから増やせる。 ある部分は、もっと使える。 全部ゼロな部分は、たぶん1つもない。


「足りないもの」より「すでにあるもの」

依存症の脳は、「ない」を強調しやすい。

  • 失った金
  • 壊れた関係
  • 過ぎ去った時間
  • できなかったこと

これらに注意が向いている時間が長いほど、回復は進みにくい。 「ない」を見続けると、エネルギーが消耗する。

「すでにあるもの」に目を向けると、エネルギーが少し戻る。

  • 今日、ご飯が食べられた
  • 今日、誰かと話せた
  • 今日、ギャンブルしなかった
  • 今日、本を1ページ読んだ

これらは小さなことだが、「ある」の側である。 「ある」の側を毎日確認すると、自分の回復資本が少しずつ育っていく感覚が出てくる。


参考文献
  • Granfield, R., & Cloud, W. (1999). Coming Clean: Overcoming Addiction Without Treatment. New York University Press.
  • Cloud, W., & Granfield, R. (2008). Conceptualizing recovery capital: Expansion of a theoretical construct. Substance Use & Misuse, 43(12-13), 1971-1986.
  • White, W., & Cloud, W. (2008). Recovery capital: A primer for addictions professionals. Counselor, 9(5), 22-27.
  • Best, D., & Laudet, A.B. (2010). The Potential of Recovery Capital. RSA Projects.
  • Laudet, A.B., & White, W.L. (2008). Recovery capital as prospective predictor of sustained recovery, life satisfaction, and stress among former poly-substance users. Substance Use & Misuse, 43(1), 27-54.
  • Vaillant, G.E. (2003). A 60-year follow-up of alcoholic men. Addiction, 98(8), 1043-1051.
  • Hennessy, E.A. (2017). Recovery capital: A systematic review of the literature. Addiction Research & Theory, 25(5), 349-360.
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