QuitMate QuitMate
全体像と緊急対処 立て直しを始める 第23章

感情の命名

夜10時。 家でテレビを見ている。 特に何も起きていない。

ふいに、首の後ろが熱くなった。 なんだろう、と思う。 渇望だろうか。違う。腹が立っている? 違う。何だろう。

頭の中をスキャンする。何かがある。だが言葉にできない。 言葉にできない何かが、どんどん大きくなる。 気がついたら、靴を履いていた。 パチンコ屋に向かって歩いていた。

帰り道、何を感じていたのかをずっと考えていた。 結局、何だったのか、その夜は分からなかった。

数週間後、似たような夜が来たとき、初めて言葉が出てきた。 「ああ、これは寂しさだ」と思った。 名前がついた瞬間、寂しさは小さくなった。 そしてその夜、靴を履かなかった。


「気持ちが分からない」と依存の関係

ギャンブル依存の当事者の多くは、自分の感情を言葉にするのが苦手である。 これは性格の問題ではない。 依存症の脳の働きと、生育環境の両方が関係している。

感情を「使わなくなった」脳

ギャンブル中は、強い刺激の中で過ごす時間である。 画面の音と光、勝ち負けの起伏、時間を忘れる集中。 この時間は、繊細な感情を感じる必要がない。 全部、ギャンブルの刺激で塗りつぶされる。

これを長年続けると、繊細な感情を「感じる」「言葉にする」回路が、使われなくなる。 脳は使わない回路を弱らせる。 結果、「気持ちが分からない」状態になる。

感じない人ほど行動に出る

感情を言葉にできないと、感情はどこに行くか。 行動に出る。

「寂しい」と言葉にできない人は、寂しさが「ギャンブルしたい」に変換される。 「悲しい」と言葉にできない人は、悲しさが「酒を飲みたい」に変換される。 「怒っている」と言葉にできない人は、怒りが「家族に当たる」に変換される。

感情を言葉にできる人は、その感情を行動に出さずに済むことが多い。 言葉にできない人は、感情がそのまま行動になる。

これが、感情を言葉にすることが回復で重要視される理由である。

名前をつけると感情は小さくなる

これは脳画像研究で示されているが、難しい話を抜きにして書く。

「いま自分は怒っている」と頭の中で言葉にすると、その怒りの強さが少し弱まる。 「いま自分は寂しい」と言葉にすると、その寂しさが少し小さくなる。

これは、感情を生み出す脳の部分と、言葉を扱う脳の部分が違うところにあって、言葉を使う側が動くと、感情を生む側の活動が少し落ち着く、という仕組みである。

つまり、感情に名前をつける行為そのものが、感情を扱いやすくする。 何もせず、ただ名前をつけるだけでいい。


基本の感情のボキャブラリー

感情を言葉にするには、まず「使える言葉」を増やす必要がある。 多くの当事者は、感情を3〜4種類しか使い分けていない。

「いい」「悪い」「むかつく」「疲れた」。 これだけだと、複雑な感情を表現できない。

ここで、もう少し細かい感情の言葉を覚えておく。

喜び系

  • うれしい
  • 楽しい
  • 満たされた
  • 安心した
  • 落ち着いた
  • 誇らしい
  • 感謝している
  • ホッとした

悲しみ系

  • 悲しい
  • 寂しい
  • むなしい
  • 失望した
  • 諦めた
  • 心が折れた
  • どうでもよくなった

怒り系

  • イライラする
  • ムカつく
  • 怒っている
  • うんざりする
  • 腹立たしい
  • 許せない
  • 不公平だと感じる

恐れ系

  • 不安だ
  • 怖い
  • 心配だ
  • 緊張している
  • 焦っている
  • パニックになりそう

恥系

  • 恥ずかしい
  • 情けない
  • 罪悪感がある
  • 自分が嫌いだ
  • 消えたい

その他

  • 退屈だ
  • 疲れた
  • やる気がない
  • 混乱している
  • 何も感じない

これだけで30以上ある。 「むかつく」と「うんざりする」は違う。 「悲しい」と「むなしい」は違う。 「不安だ」と「焦っている」は違う。

違いを言葉にできるようになると、感情の解像度が上がる。 解像度が上がると、行動に出さずに済む幅が広がる。


感情を観察する練習

1日3回、自分に問う

感情のボキャブラリーを使えるようになるには、練習が必要である。 1日3回、決まった時間に、自分に問う。

朝、昼、夜。 タイミングは決めておく。 食事の前、通勤中、寝る前など。

問う内容:

  • 「いま、自分はどんな気持ちか」
  • 「体のどこかに、何か感じることはあるか」
  • 「頭の中で何を考えているか」

3つに対して、それぞれ1〜2語で答える。 ノートに書いてもいいし、頭の中だけでもいい。

「分からない」も答えていい

最初は、「何も感じない」「分からない」しか出てこないことがある。 それでいい。 「何も感じない」も、れっきとした答えである。

続けると、少しずつ言葉が出てくるようになる。 1週間後、1ヶ月後と続けると、感情の解像度が上がっていく。

体の感覚も同時に観察する

感情は、体に現れる。

  • 首が硬い → 緊張、ストレス
  • 胸が熱い → 怒り、興奮
  • 胃が重い → 不安
  • 喉が詰まる → 悲しみ、恥
  • 体が軽い → 喜び、安堵

体の感覚を観察すると、頭で言葉にできない感情を、体の側から拾える。


渇望が来たときに使う

感情の命名は、渇望が来たときにも使える。 「なぜか分からないけどギャンブルしたい」が来たとき、まず止まる。 そして、自分に問う。

「いま、本当はどんな気持ちなのか」

考えてみる。

  • 寂しい?
  • 怒っている?
  • 退屈?
  • 不安?
  • 疲れている?
  • 何も感じない?

何か言葉が出てきたら、その感情に対して、ギャンブル以外の対処を考える。

  • 寂しい → 誰かに連絡する
  • 怒っている → 散歩する、書き出す
  • 退屈 → 別の活動を始める(第15章のリスト)
  • 不安 → 不安の中身を紙に書く
  • 疲れている → 寝る

「ギャンブルしたい」のように見えていた渇望が、別のニーズだったと気づくことがある。 別のニーズを満たすと、ギャンブルへの欲求が消えることが多い。

これは第11章の HALT と同じ発想である。 HALT は4つだが、感情の命名はもっと幅広い。


感情を言葉にする日常のルーチン

朝の問い

朝起きたら、1分だけ自分に問う。 「いま、どんな気分か」 1〜2語で答える。 ノートに書いても、頭の中でもいい。

出来事のあとの問い

1日の中で、何か出来事があったら、その直後に問う。 「いまの出来事で、自分はどう感じたか」 すぐに答えなくていい。3分後でもいい。

寝る前の振り返り

寝る前に、1日を振り返る。 「今日、どんな気持ちが来た日だったか」 2〜3語で答える。

週1回の感情の振り返り

週末、1週間を振り返る。 「今週、いちばん強く感じた感情は何だったか」 「いちばん辛かったのはいつか」 「いちばん楽だったのはいつか」

これをノートに書く。 1ヶ月、3ヶ月と続けると、自分の感情のパターンが見えてくる。


感情を「正しい / 間違い」で分けない

感情には「正しい」も「間違い」もない。 感じていることは、ただの事実である。

「こんなことで怒っちゃダメ」 「こんなことで悲しむなんておかしい」 「自分は喜んでいい立場じゃない」

こういう判断は、感情を言葉にする邪魔になる。 言葉にする段階では、判断しない。 ただ「感じている」と認める。

判断が出てきたら、それも感情として書く。 「自分は今、自分の感情を否定したいと感じている」 これも、れっきとした感情の命名である。


参考文献
  • Lieberman, M.D., Eisenberger, N.I., Crockett, M.J., Tom, S.M., Pfeifer, J.H., & Way, B.M. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science, 18(5), 421-428.
  • Torre, J.B., & Lieberman, M.D. (2018). Putting feelings into words: Affect labeling as implicit emotion regulation. Emotion Review, 10(2), 116-124.
  • Pennebaker, J.W. (1997). Opening Up: The Healing Power of Expressing Emotions. Guilford Press.
  • Kashdan, T.B., Barrett, L.F., & McKnight, P.E. (2015). Unpacking emotion differentiation: Transforming unpleasant experience by perceiving distinctions in negativity. Current Directions in Psychological Science, 24(1), 10-16.
  • Khantzian, E.J. (1997). The self-medication hypothesis of substance use disorders: A reconsideration and recent applications. Harvard Review of Psychiatry, 4(5), 231-244.
  • Greenberg, L.S. (2002). Emotion-Focused Therapy: Coaching Clients to Work Through Their Feelings. American Psychological Association.
X で共有 LINE
QuitMateアプリのカテゴリ選択画面
QuitMateアプリのコミュニティ投稿画面
QuitMateアプリの回復プログラム画面
QuitMate

QuitMate

共になら、やめられる

同じ悩みを持つ仲間と匿名で支え合える依存症克服コミュニティアプリ。禁酒・禁煙・禁ギャンブルなど、一人じゃないから続けられる。