メンタルヘルスと依存: 共存症
本章は一般的な情報であり、診断の代わりにはならない。気になる症状があれば、精神科または心療内科に相談すること。
朝7時。 布団から出るのに、30分かかった。 出社の準備をしている間、ずっと体が重い。 電車の中で「今日もまた8時間か」と思った瞬間、涙が出た。
職場で人と話すのがしんどい。 昼休み、誰とも話したくないので、一人で外に出る。 気がついたら、駅前のパチンコ屋の前にいた。 打っている2時間だけ、何も考えなくてすんだ。
「うつかも」と何度か思ったが、病院に行くほどではないと思っていた。 ギャンブルだけが問題だと思っていた。 ギャンブルがなければ、自分は普通に過ごせるはずだと思っていた。 本当はその逆だった、ということに気づくまでに、何年もかかった。
依存は単独で起きないことが多い
ギャンブル依存は、他のメンタル不調と同時に起きることが多い。 これを「共存症」(comorbidity) と呼ぶ。
研究では、ギャンブル依存当事者の半数以上に、うつ病・不安障害・ADHD・他の依存症などの共存症があるとされている。 日本の調査でも、似た数字が出ている。
つまり、ギャンブル依存だけを持っている人は少数派で、ほとんどの当事者は他の何かを同時に抱えている。 この事実は、ほとんど語られない。 本人もそれに気づかないことが多い。
「ギャンブルさえやめれば、自分は普通だ」と思っていると、共存症が見えなくなる。 ギャンブルがなくなった後に、うつや不安が表面に出てくる人もいる。 それは「ギャンブルをやめたら悪化した」のではなく、「ギャンブルが共存症を覆い隠していた」だけである。
うつ病と依存
数字
ギャンブル依存当事者のうち、うつ病を併発している割合は、研究によって25%〜75%と幅があるが、概ね半数前後とされている。 一般人口でのうつ病の割合(10%前後)と比べて、明らかに高い。
うつ病のサイン
次のような状態が2週間以上続いている場合、うつ病の可能性がある。
- 朝、起きるのが辛い
- 何をしても楽しくない
- 食欲がない(または食べすぎる)
- 眠れない(または寝すぎる)
- 体が重い、疲れやすい
- 集中できない
- 自分を責める考えが頭から離れない
- 「死にたい」「消えたい」が頭をよぎる
- 人と会うのがしんどい
これらの一部は、ギャンブル依存の症状と重なる。 だから、本人には「依存の症状」と「うつ病の症状」が区別できない。 区別するのは、医師の役割である。
ギャンブルとの関係
うつ病とギャンブルは、互いを強化する関係にある。
- うつ病で気分が落ちる → 「気分を変えたい」とギャンブルに向かう
- ギャンブルで負ける → 罪悪感と恥でうつが深まる
- うつが深まる → さらにギャンブルに逃げる
このループの中で、両方が悪化していく。 どちらが先かは分からない場合が多いが、両方を同時に治療する必要がある。
不安障害と依存
数字
ギャンブル依存当事者の3〜5割が、不安障害を併発しているとされている。 不安障害には、全般性不安障害、社交不安障害、パニック障害、PTSD など複数の種類がある。
不安障害のサイン
- 些細なことが気になって落ち着かない
- 心臓がドキドキする、息が苦しくなる発作がある
- 人前に出るのが極端に怖い
- 特定の場所や状況を避けてしまう
- 過去の辛い出来事が頭から離れない
- 寝つきが悪い、夜中に目が覚める
ギャンブルとの関係
不安が強い人にとって、ギャンブル中の「集中している時間」は、不安から逃げる時間になる。 ギャンブル中は、過去の不安も未来の不安も、頭から消える。 だから不安障害の人は、ギャンブルへの依存が深まりやすい。
逆に、ギャンブルをやめると、抑え込んでいた不安が一気に表面に出てくることがある。 この時期がもっとも辛く、再発の引き金になる。 この段階で医療につながると、不安に対する治療が並行で進められる。
ADHD と依存
数字
注意欠陥多動性障害(ADHD)とギャンブル依存の関連も、研究で指摘されている。 ギャンブル依存当事者の2〜4割に、ADHD またはその傾向があるとされている。 これは一般人口(数%)と比べてかなり高い。
ADHD のサイン
大人の ADHD には、次のような特徴がある。
- 集中が続かない、気が散りやすい
- 計画を立てて実行するのが苦手
- 細かいミスが多い
- 待つのが苦手
- 衝動的に行動してしまう
- 強い刺激を求めがち
- 退屈に弱い
ギャンブルとの関係
ADHD の脳は、ドーパミンの伝達に特徴がある。 普段の生活では刺激が足りず、強い刺激を求めやすい。 ギャンブルの「結果がすぐに出る」「強い視聴覚刺激」「不確実性」は、ADHD の脳にとって特に魅力的になる。
そして衝動性が高いため、ブレーキが効きにくい。 「ちょっとだけ」と思って入った店で、限界まで打ち続けてしまう。
ADHD は治療できる。 専門医による評価と、必要に応じて薬物療法・行動療法が組み合わされる。 ADHD を治療することで、ギャンブル依存の治療も進みやすくなることが報告されている。
その他の共存症
他の依存症
ギャンブル依存当事者の多くは、別の依存も抱えている。
- アルコール依存
- ニコチン依存
- カフェイン依存
- 性依存
- ゲーム依存
- 買い物依存
これは「依存症の脳」が共通の脳の状態であることを反映している。 1つの依存をやめると、別の依存に置き換わる「依存の交換」が起きることもある。
トラウマと PTSD
過去のトラウマ(虐待、事故、戦争、喪失体験など)が、依存の背景にあることもある。 トラウマと依存の関係は深い。トラウマが背景にあると感じる場合は、トラウマ治療に詳しい精神科医・心理士・カウンセラーに相談する。本書はトラウマの治療を扱う本ではないが、医療につながることが回復の大きな一歩になる。
双極性障害
気分の浮き沈みが激しい双極性障害も、ギャンブル依存との関連が報告されている。 特に「気分が高揚する時期」(躁状態)に、ギャンブルへの衝動が強くなる。 診断と薬物療法が必要な疾患である。
共存症と自殺リスク
第8章で扱った通り、ギャンブル依存当事者の自殺リスクは一般人口の3〜4倍である。 このリスクをさらに押し上げるのが、共存症である。
うつ病・不安障害・PTSD・他の依存症などが重なっているほど、自殺リスクが高くなる。 逆に言えば、共存症を治療することで、自殺リスクを下げることができる。
「ギャンブルだけ何とかすればいい」と考えていると、自殺リスクの本当の大きさが見えない。 共存症を含めた全体像を医療で評価してもらうことが、命を守る道筋でもある。
自分のサインに気づく
セルフチェックは入口
簡単なセルフチェックで、共存症の可能性に気づくことができる。 たとえば次のような問いに、過去2週間で当てはまる数を数える。
- □ 朝、起きるのが辛い
- □ 何をしても楽しくない
- □ 食欲が変わった(増えた / 減った)
- □ 眠れない、または寝すぎる
- □ 体が重く、疲れやすい
- □ 集中できない
- □ 自分を責める考えが頭から離れない
- □ 人と会うのが苦痛
- □ 「死にたい」「消えたい」が頭をよぎる
- □ 些細なことに落ち着かない
- □ 動悸や息苦しさの発作がある
- □ 過去の辛い出来事が頭から離れない
3つ以上当てはまる場合、または「死にたい」が頭をよぎる場合は、精神科または心療内科に相談する目安になる。
ただしセルフチェックは診断ではない
セルフチェックは「気づくきっかけ」である。 診断ではない。 診断は、医師にしかできない。
「自分はうつ病だ」と決めつけたり、「セルフチェックでは大丈夫だから自分は問題ない」と決めつけたりせず、気になるサインがあれば医療機関で相談する。
「ギャンブルの相談」と一緒に伝えるだけでいい
精神科や依存症外来で「ギャンブルの相談に来ました」と伝えれば、医師はうつ・不安などの共存症も同時に評価する。 あえて「うつ病かもしれません」と言う必要はない。 ありのままの状態を話せば、必要な評価をしてくれる。
参考文献
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